日本語日本文学演習5A(近現代文学)

    <宮沢賢治の全童話を読む――「異化」の意義とその実践をたしかめる試み>


 

講義内容

≪それはおれたちの空間の方向ではかられない
  感ぜられない方向を感じようとするときは
  たれだってみんなぐるぐるする (宮沢賢治「青森挽歌」より)≫

 宮沢賢治の童話を読んだことのある人ならだれでも、「ぐるぐるする」という不思議な感じを覚えているでしょう。

 わたしは、童話を、大人も子どもになってしまう「問い」のもとにつくられた話と考えています。大人になる過程で学習していくさまざまな「常識的な答え」が、どうしても通用しない「問い」のもとにつくられた話といいかえてもよい。童話は、読者を「常識的な答え」のゆきどまりにつれていくとともに、「問い」のはじまりにたたせます。人はなぜ人を裏切るのか?友情とはなにか?どうして人は別れなければならないのか?人はなぜ戦争をするのか?死とはなにか?動物を殺すのは悪なのか?人を殺すのは?世界とはなにか?生きるとはどういうことか?いったい、わたしとはなにか?――このような、哲学的あるいは宗教的問いともかさなる「問い」を、概念的な「答え」の一歩手前で、従来の言葉やイメージを削ぎ落としつつ話として組織するのが童話なのです。

 大人も子どもになってしまう「問い」のもとにつくられた話を童話だとすれば、宮沢賢治童話はこうした童話の頂点に位置します。「やまなし」、「注文の多い料理店」、「風の又三郎」、「銀河鉄道の夜」、「オツベルと象」、どんな作品でもよい。読みはじめるやいなや、わたしたちは、すでになんらかの「問い」のなかにはいりこんでいるのに気づきます。小さな「問い」もあれば、あまりにもおおきすぎてそれと名指すことのできない「問い」もあるでしょう。

 代表作のひとつに数えられる「銀河鉄道の夜」にも、答えのない多くの「問い」がひしめいている。読んでいて息苦しくなるほどに。わたしたちが、宮沢賢治の童話を読んで「ぐるぐるする」のは、おそらく、そのことにかかわっているにちがいありません。

 このゼミでは、春期の日本語日本文学演習2Cで手に入れたはずの「異化」を読みのツールとして用いつつ、宮沢賢治の全童話を精読します。その作業は同時に、同時代論、作家論、作品論、テクスト論、メディア論、カルチュラル・スタディーズ、ポストコロニアリズムなどの方法の確認になるはずです。

 

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授業の到達目標

宮沢賢治童話研究を通して、文学研究の第一歩をふみだす。

 

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授業計画

<講義の一部は……>

……仕事で忙しく、学校の仲間から遠ざかっていくジョバンニのこころには、仲のよかった友カムパネルラの離反や、なぜかはわからぬザネリのいじめなどからはじまって、銀河系のなかの不思議な生にいたる、多くの謎と問いとがが交錯している。

答えを見つけようとしても見つからない問いが、やがて、ジョバンニを銀河鉄道の旅に誘い、もっとも恐れていたこと、すなわちカムパネルラとの別れに直面させ――そして、その別れを超えて、さらに歩みを続けるように促がすのである。

よく知られているように、宮沢賢治童話のほとんどは、いくどもいくども書きなおされ、賢治の死によりいわば「未完」となった。まさしく「生成するテクスト」なのだが、そこには、決定的な答えのないまま人をつきうごかしてやまない、いわば「生きられた問い」がかかわっていた。童話のなかの問いを、作者じしんが生きつづけたのである。

さて、「銀河鉄道の夜」のジョバンニの、カムパネルラとゆく別れの軌道を思いえがくとき、宮沢賢治の詩を知る者には、こんな詩の一節が聞こえるかもしれない。

わたしたちが親しく接しうるすぐれた近代詩のなかでも、とくにすぐれた詩の一節、まるで奇跡のようにあらわれる言葉の軌道――。

明るい雨がこんなにたのしくそそぐのに
馬車が行く馬はぬれて黒い
ひとはくるまに立つて行く
もうけつしてさびしくはない
なんべんさびしくないと云ったとこで
またさびしくなるのはきまつてゐる
けれどもここはこれでいいのだ
すべてさびしさと悲傷とを焚(た)いて
ひとは透明な軌道をすすむ
ラリツクスラリツクスいよいよ青く  *ラリツクスは「唐松」
雲はますます縮れてひかり
わたくしはかつきりみちをまがる
(宮沢賢治「小岩井農場」より)

<授業計画>

第1回 オリエンテーション 発表に必要な10の準備

第2回 宮沢賢治の詩と童話をめぐる講義 その1(生活史から表現史へ)

第3回 宮沢賢治の詩と童話をめぐる講義 その2(研究方法について)

第4回 宮沢賢治の全童話をめぐる発表 その1

第5回 宮沢賢治の全童話をめぐる発表 その2

第6回 宮沢賢治の全童話をめぐる発表 その3

第7回 宮沢賢治の全童話をめぐる発表 その4

第8回 宮沢賢治の全童話をめぐる発表 その5

第9回 宮沢賢治の全童話をめぐる発表 その6

第10回 宮沢賢治の全童話をめぐる発表 その7

第11回 宮沢賢治の全童話をめぐる発表 その8

第12回 宮沢賢治の全童話をめぐる発表 その9

第13回 宮沢賢治の全童話をめぐる発表 その10

第14回 宮沢賢治の全童話をめぐる発表 その11

第15回 まとめ+昼休みの食事会(昼・午後連続ゼミ開催)

 

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教科書

宮沢賢治の全童話(文庫版、全集版どちらでもよい)。

早稲田大学国文学会発行『国文学研究』(実験実習費により教室で配布)

 

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評価方法

試験 0%
レポート 70%
成績評価においては、その成績をA+(優)、A(優)、B(良)、C(可)、F(不可)の五段階評価とし、C以上を合格とする。A+、A、B、Cについては、課題に対する理解度、独創的視点の有無、文章表現の巧拙を総合して判定する。
平常点評価 30%
出席回数は授業回数の三分の二以上を必要とする。
その他 0%

 

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