日本語日本文学演習2A(近現代文学)

    <近代・現代文学研究および批評の前提
                  ――「ことばの力・文学の力・異化の力」を考える>


 

講義内容

ケータイ小説、ライトノベル、ファンタジー、脱格ミステリー、ホラーなど、多彩な「新しい小説」が文学を活気づけていますが、さて、そもそも「ことばの力」とはなにで、「文学の力」とはどういうものなのでしょうか。これらの確認は、「新しい小説」をよりよく読み考えるうえで大切であるとともに、近代から現代にいたる既存の文学を研究および批評する際に不可欠です。また、文学と隣接する諸ジャンルにおける、たとえば「演劇の力」、「映像の力」、「マンガの力」、「音楽の力」などを考えるうえでも参考になります。

 ここでは、「ことばの力」および「文学の力」の核心に「異化(いか)の力」をみいだした画期的な論文、ヴィクトル・シクロフスキーの「手法としての芸術」(1917)の精読からはじめ、ブレヒト、バフチン、バルト、フーコー、アルチュセール、サイードなどの「異化」(見慣れたものを見慣れないものにする)に関係した文章を読みます。

 しだいに明らかにされる「異化」の意義をたしかめるために、つぎの新旧テクストをとりあげる予定です。綿矢りさ「勝手にふるえてろ」(小説)、冲方丁「天地明察」(時代小説)、江國香織「号泣する準備はできていた」(小説)、村上春樹「1Q84」(小説)、西原理恵子「ジョン」(マンガ)、樹村みのり「贈り物」(マンガ)、佐野洋子「100万回生きたねこ」(絵本)、小川未明「野薔薇」(児童文学)、井伏鱒二「屋根の上のサワン」(小説)、中原中也「月夜の浜辺」(詩)、萩原朔太郎「猫町」(散文詩)、林芙美子「風琴と魚の町」(小説)、中里介山「大菩薩峠」(小説)、江戸川乱歩「屋根裏の散歩者」(小説)、芥川龍之介「点鬼簿」(小説)、夏目漱石「夢十夜」(小説)など。

 「異化」の意義とその実践を学ぶことで、後=秋期ゼミでの宮沢賢治全童話を読む試み(日本語日本文学演習5A)がいっそう愉しくみのりおおいものになるはずです。(講義内容・講義計画の詳細はWeb上の講義要項を参照。なお、日本語日本文学演習5Aの受講者は本演習を受講することが望ましい)

 

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授業の到達目標

文学理論の基礎を学び、テクスト分析の一歩をふみだす。

 

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授業計画

<「文学科」消滅の時代に>

 この10年、多くの大学で、「文学部」「○○文学科」が消滅しました。「日本文学科」も例外ではありません。早稲田大学文学部(なかでも日本語日本文学コース)は、消滅するなら全大学の中で最後だろうといわれる「文学の砦」(おおげさかな)ですが、「かつてのような文学熱は感じられない」と嘆く人も多くなっています。

 こうした環境のなかで、「文学の力・言葉の力・異化の力」のもとになにを確認しようとしているのか、とあなたは思うかもしれませんね。わたしには、しかし、早稲田の文学部をおおう奇異なる文学熱はかえってそのゆたかなる奇異さをましていると感じられます。

<ことばの組織的かつ戦略的変形を>

 このゼミでは、こうした奇異な文学熱を感じながら、あらためて「言葉の力・文学の力」を確認します。そのためには、まず、「文学」を特権化したり、特定のものに限定しないことを前提にする(わたしたちの文化環境においては、とっくにそうなっている、そこからはじめる、ということです)。「文学」を「純文学」にとじこめないことはもちろん、小説中心主義からも離れること。ことばの組織的かつ戦略的変形をすべて「文学」として考えることです。そして、そうしたことばの組織的変形をとおして、ことばが所属する国民国家・社会システムの変形と変更を内部からもくろむもの、そのすべてを「文学」(ここまでくればもう「文学」という名称はとりはらわれるかもしれない)と考えること。「美学はたえず移動する。『美』の語さえ滅するまでに、それは果てしなく拡がるであろう」(宮沢賢治「農民芸術概論綱要」)、のように。

 教科書的な文学を疑うことも、もちろん「文学」の大切ないとなみです。小林秀雄的な批評を疑う「批評」を展開した花田清輝は、「わたしは小説に反対だから小説を書いている」といいました。

 さらに、「いまとここ」にたいする「異変」装置であるさまざまなメディア、映画・写真・絵画・まんが・演劇・舞踏・音楽などとの、異質さを前提とした共闘を実現すること。以上のことをふまえつつ、「ことばの力・文学の力」を、確認しましょう。それはまた、「力」をめぐるフェミニズム的な問いかけ(「力」とは女性を抑圧する男性の作用を意味する、ということ)をうけとめての確認でもあるのです。

<このゼミをとおって>

 このゼミをとおって、あなたがたの多くが、「近代・現代文学」研究または批評あるいは創作に、新しい奇異な時代と社会の、根底的に奇異な=創造的な視点を導入してほしいとわたしは願っています。さあ……。

<ここでとりあげるもの(作品)の一部>

1 西原理恵子「ジョン」(マンガ)――ぼくはひさしぶりでジョンを見たような気がした。ジョンはなんかうすぎたなかった。それからしばらくしてジョンは病気になった。

2 樹村みのり「贈り物」(マンガ)――子供たちの充たされた世界にある日、「異人」がやってきた。その人は、ちいさく、みすぼらしかった。

3 のべあきこ他『さっちゃんのまほうのて』(絵本)――鏡の中のさっちゃんは他人のようだった。

4 佐野洋子『100万回生きたねこ』(絵本)――ある日、白いねこは、ねこのとなりで、しずかにうごかなくなっていました。ねこは、はじめて、なきました。夜になって、朝になって、また夜になって、朝になって、ねこは100万回もなきました。

5 小川未明『野薔薇』(児童文学)――国境で出会った老いた兵士と若い兵士の……悲劇的な結末を読む。

6 井伏鱒二「屋根の上のサワン」(小説)――私の股の間からはあの秋の夜更けに空を渡る雁の声がしきりにきこえたのです。

7 中原中也「月夜の浜辺」(詩)――月夜の晩に拾ったボタンは、指先に沁み、心に染みた。

8 萩原朔太郎「猫町」(小説)――ああ、猫、猫、猫、猫、猫、………。

9 林芙美子「風琴と魚の町」(小説)――母はセルロイドの櫛を出して私の髪をなでつけた。私の房ふさとした髪は櫛の歯があたるたびに、パラパラ音をたてて空へ舞い上がった。

10 芥川龍之介「点鬼簿」(小説)――母は………狐のような顔をしたおとなしい母だった。

11 できれば、映画・映像作品。たとえば、ケン・ローチ監督『ケス』、侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督『童年往事』、スティーヴン・キング原作(ロブ・ライナー監督)『スタンド・バイ・ミー』など、「方法としての子ども」(大人も子どももみな「子ども」になってしまう問題系を「子ども」をとおしてとらえる)を駆使した映画です。

<ここで精読するもの(理論)の一部>

1 ヴィクトル・シクロフスキー「手法としての芸術」 「異化」という考え方の提示

2 ミハイル・バフチン『小説の言葉』

3 B・ブレヒト「実験的演劇について」「俳優術の新しい技法に関する短い記述――異化効果を生み出すための」

4 ロラン・バルト『神話作用』

5 ルイ・アルチュセール「イデオロギーと国家のイデオロギー装置」

6 テリー・イーグルトン『新版 文学とはなにか』

7 ジュリア・クリステヴァ「言葉・対話・小説」

8 ミシェル・フーコー『監獄の誕生』

9 E・W・サイードの大著『オリエンタリズム』

10 メディア論関係のもの、たとえばフリードリヒ・キットラー『グラムフォン フィルム タイプライター』など。

11 高橋敏夫『ゴジラが来る夜に』(集英社文庫)の「怪物的読者の生成のために」


<授業計画>(予定)

第1回 オリエンテーション

第2回 「研究と批評」をめぐる講義

第3回 「事典の活用」をめぐる講義

第4回 「読む愉しみ」をめぐる講義

第5回 「文学理論の誕生」をめぐる講義

第6回 「手法としての芸術」(シクロフスキー)をめぐる発表 その1

第7回 「手法をめぐる芸術」(シクロフスキー)をめぐる発表 その2

第8回 「手法をめぐる芸術」(シクロフスキー)をめぐる発表 その3

第9回 「異化と同化」(ブレヒト他)をめぐる講義

第10回 「記号内闘争」(バフチン、アルチュセール他)をめぐる講義

第11回 「さまざまな作品の異化の実践」をめぐる発表 その1

第12回 「さまざまな作品の異化の実践」をめぐる発表 その2

第13回 「さまざまな作品の異化の実践」をめぐる発表 その3

第14回 「さまざまな作品の異化の実践」をめぐる発表 その4

第15回 まとめ+昼休みの食事会(昼休み・午後連続ゼミ開催)

 

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教科書

高橋敏夫『井上ひさし 希望としての笑い』(角川SSC新書)

高橋敏夫『この小説のかがやき!』(中経の文庫)

早稲田大学国文学会発行『国文学研究』(実験実習費により教室で配布)

 

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評価方法

試験 0%
レポート 70%
成績評価においては、その成績をA+(優)、A(優)、B(良)、C(可)、F(不可)の五段階評価とし、C以上を合格とする。A+、A、B、Cについては、課題に対する理解度、独創的視点の有無、文章表現の巧拙を総合して判定する。
平常点評価 30%
出席回数は授業回数の三分の二以上を必要とする。
その他 0%

 

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評価方法

教科書については、ゼミ開始までに読んでおくこと。

 

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